前回より、台湾旅行の話題の続きです。
3日目には電車で台北から台南まで移動しましたが、途中で嘉義と言う街に寄ってもらいました。実は嘉義へ行くことは、私自身にとって「至上命題」であり、この旅でどうしても遂行したい、「最大のミッション」でありました。
その理由は、私は高校野球ファンなのですが、戦前、台湾が日本統治領だった時代に、台湾からも「夏の甲子園」に代表が出場していたという、今では忘れられがちな史実があり、1931年夏の甲子園においては「嘉義農林」という学校が「日本人」「漢民族」「台湾の原住民族」の混成チーム(多くのチームは日本人単体チームが多かった)と言うチーム構成で見事、準優勝と言う偉業を成し遂げました。
そしてこの史実を基に、2015年には「KANO」という大作映画が製作され、日台両国で反響を呼んだので、読者の皆様にもご存知の方がいらっしゃるかもしれませんね。

この日は、「KANO」の映画や嘉義農林野球部の活躍を記念するモニュメントを見学し、写真撮影したりしました。

実際、私は映画「KANO」に関しては公開当時、初日に映画館へ詰めかけましたし、DVDも持っていて、今でも「夏の高校野球の時期になると、無性に見たくなる」人間です。 なので、この「嘉義公園」の顕彰施設にも、いつか行ってみたいとは思っていました。 しかし、最初に述べたとおり、私にとって個人旅行で海外に行くということは、「宇宙旅行」のような壮大な挑戦を意味していました。なので「生きているうちに現地に行く事は、叶わないだろうな‥」と思っていました。 今回、そんな「叶わないと思っていた夢」が叶い、本当に、いまだに信じられない思いです。人間、頑張って生きていれば、必ず良いことは巡ってくるのだなあ・・と実感致しました。
さて、嘉義から台北へは新幹線で移動しました。
台北は台湾の事実上の首都・もちろん大都会であり、台南や嘉義とはかなり趣を異にしました。

台北において特に印象に残った見学先は、中華民国(台湾)初代総統・蒋介石の顕彰施設・「中正紀念堂」でした。 その広大な敷地には圧倒されるほかはありませんでした。
蒋介石は、中国大陸で「国民党」を率いて、毛沢東率いる「共産党」と覇権を争いましたが敗れて、1940年代後半に台湾へやってきました。以来、亡くなるまで四半世紀に渡って台湾を「統治」しましたが、その政治姿勢はかなり独裁的なものであり、特に1950年代には、自身や国民党に対して批判的な市民を多く検挙し、そしてその多くを処刑しました。
(白色テロとして語り継がれています)

この「中正紀念堂」では、その様な史実から、民主化した現在の台湾においては評価が分かれているという蒋介石に関する顕彰の展示や、あたかも素晴らしい政治を民衆のために行った人物を顕彰しているかのような空間には、私自身、言葉に出来ないような複雑な感情を覚えました。また、最上階の巨大な蒋介石の座像を見ては、まだ没後50年あまりしか経っていない、たった1人の為政者の巨大な座像が、今やすっかり民主化された台湾に存在しているという事実に、台湾の苦難の道のりを思わずにはいられませんでした。
また、その近くにはなんと、孫文を顕彰する施設もありました。

孫文と言えば、台湾と複雑な関係にある中国の「国父」とされている人です。首都・台北の中心に、孫文の顕彰施設が存在するという事実は、台湾(中華民国)の複雑な成り立ちを表している1つの事象だと言えるのではないでしょうか。
本当に今回の旅では、歴史的なことを中心に、「ホンモノのアジア」に少しは触れることが出来たという気持ちです。
このように4泊5日の旅は終わっていきました。
本当に、今まで「何となくの知識とイメージ」しか持ち合わせていなかったアジアの他国・中華圏を肌で感じてくることが出来たことは大きな収穫でした。
また、「言葉の壁」を感じる場面も幾度となくありましたが、仲間に助けられることも多く、または自分で、片言の中国語と、身振り手振りで乗り切ることが出来ました。台湾は日本語を話せる現地の人も多く、また何よりフレンドリーな人が多い印象でした。 頑張ってお金を貯めて、またいつか行きたいと思っています。
最後に、私が食べた限り、ご飯に「ハズレ」はありませんでした。

鎌倉市でも、国際交流事業を積極的に行っているなど、今、世の中全体が「世界の中の日本、そして自分の立ち位置を考える」時代になってきていると感じます。

皆さんも、台湾はもちろん、世界へ出かけると、「新しい自分」が見つかるかもしれませんよ!そしてそんな時、「日本、そして鎌倉は、なんていい場所なのだ」ということも、改めて感じることでしょう。
私は、今、それを噛み締めながら、「もっと広い世界をさらに知りたい」気持ちが湧いてきています。
世界を知り、そして、それと同時にこの日本の、引いては私たちの暮らす鎌倉の良さに気付いていける人が増えればよいな、と今、強く思っている日々です。




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