毎年4月2日は、国連が「自閉症啓発デー」と定めている日です。
そして、その日から4月8日までが「発達障害啓発週間」として定められています。
「自閉症」
とか
「発達障害」
と聞いて、皆さんはどのようなイメージをお持ちでしょうか?
私自身、「ASD症(自閉スペクトラム症)」という発達障害を持っていて、そのためにメンタル疾患も患ってしまったという人間です。
ただ、「自閉スぺクトラム症」であっても、「自閉症」ではない、と言う存在です。
この辺りのことを、知識のない「一般社会の人たち」に説明することは、実は非常に難しいのが実情です。
そのことが、自閉症の人や家族と、「一般社会の人たち」が歩み寄る中で、最初に大前提として覚えておくべき事象でしょう。
私自身、「自閉症ではない」としても、「障害がある」ということで、多くの遠回りもしてきましたし、悔しい思いもしてきました。
その代わりに、「だからこそ出来た」多くの出会いが、今までの人生においてたくさんありました。
自分が当事者である精神・発達の当事者たちだけでなく、車いすの人や、盲ろう者(視聴覚両方にハンデを持たれた方)、四肢欠損の方、様々なハンデの方と出会ってきました。
若い頃は、鎌倉や湘南ではない首都圏の街で、知的障害者福祉の仕事をしていた時期もあり、今振り返ると、今までの人生で屈指の「充足感のある時間」を過ごせたのがあの時代でした。
しかし、その法人で、多かったのが、ダウン症の方、そしてはきはきと話す「明るい知的障害の方」。
私は、神奈川に来るまで、あまり「自閉症」のことは、知らなかったと言えます。
障害による症例も人によって違い、一概に「あの人は自閉症だから・・」という言い方はしないようにしていますが、私は、神奈川できっかけがあり、自閉症の人たちと多く関わってから「自分がたくさん差別されてきたのに、今、自分が差別的な感情を持ち、相手に辛く当たる時すらある。なんて、イヤな奴なんだ‥」と、自分を責めたりもする日々がありました。
ところが、世の中、そんなことを考えることもなく、「違う世界での出来事」のように思いながら、生涯を終えていく、そんな人が多いことも確かです。
間違いないことは、自閉症の人たちも、健常者の人や、他のハンデの人と同じ、「1人の人間」なのです。
朝になれば当たり前に目が覚めるし、空腹になれば食事を欲する。
実は、彼らも性欲を持っている。(精神科医の診察などもそうですが、こういった人間の本能の話が障害者は忘れられがちなのです)
1人で出来ることは、自分で行いたいと思っている人が、社会の人が思っているよりずっと多い。
それでも、言語で意思疎通ができない人も多くいて、こだわりの強い人も多い。
そのため、10年前に起きた津久井やまゆり園事件のような悲劇も起きる。
あの犯人が究極的に求めていたものは、結局のところ誰にも分からないでしょう。
(※もしかしたら、実は彼自身にも分かっていなかったのかもしれない、と私は考えています。)
ただある事実は、「彼は、19人もの人の生きる権利を奪った」ということだけでした。
そして大昔は、現代においては「障害者」になる人たちに対して「村で温かく支えながら仕事も当たり前にそういった人たちにやってもらって、共存していた」地域社会があったそうですが、現在の日本は、本当に余裕がない。
その様な時代、2026年ですが、私の関わっている「たすく」という療育機関では、4月上旬に毎年、全国各地で自閉症啓発デーのシンボルカラー、ブルーの服装に身を包み、拠点のある各地を歩いています。
今年は4月5日に開催されました。
私のいる鎌倉では、前夜の雨もやみ、まずまずの天候の中、開催することが出来ました。
この日の鎌倉では、本当に大勢が集まりました。
海外から来ている「たすく」のインターン生の方も都内や東京の多摩地区から鎌倉へ来て、参加してくれました。

鎌倉の、相模湾を望む由比ガ浜海浜公園に集合し、2グループに分かれて歩きました。
(写真・海景色 2枚)


皆さんでみっちり1時間半ほど、鎌倉の街中を歩きました。
かなりの「自閉症や発達障害の人たちも、この鎌倉の地域社会に存在している」という啓発になったと思っています。
終了後は、多くの人たちが仲間同士、語り合いました。
きっと、鎌倉のみならず、この世界から、「弱者への差別」を根絶することなど、無理なのでしょう。
しかし、そう言った人たち・・世間一般的に言えば「弱者」もこの世に生を受けたわけですから、生きていかなければならないし、生きる権利があります。
そのために何が出来るのか、少しでも認め合って、鎌倉のみならず、この地域社会で暮らしていくためにどんな「気づき」が必要なのか。
そんなことを少しでも、良い方向へ導くために、私個人としても、出来ることをしていきます。




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