今年も無事に個展を終えた。
翌日は、掲載に協力してくださったお店と
ギャラリーのオーナーさんへお礼とご報告をし、
制作で散らかっていた画材や収納を整理した。
部屋を片付けるのがずっと楽しみだったので、
体の疲れは残っていても気持ちは清々しく、
「ここからまた始まるんだ」と思えた。
4日間で200人以上の人と話した日々と比べると、
誰とも話さない静かな一日だった。
けれど夕方、海辺を散歩しながら、
昨日も今日も変わらない。
同じあたたかさの中にいる。
と感じて、なんだかそれがとても心地よかった。
たくさんの人と過ごしても、
ひとりの時間を過ごしても、
変わらない自分がいることが、私は嬉しい。

「描く」につながる道筋
思い返せば、昨年展示をしたときも、
お客さんから湧いてくるエネルギーで
ギャラリーの中が満たされていた。
その多幸感に背中を押されるように、
まだ次に何をするかも決まっていないのに、
1年後のギャラリーを予約してしまったのだった。
それからは、
「今の自分が表現したいものは何か」
を頭の片隅に置きながら、日常を過ごした。
これまでの展示では、
・モノクロのペン画
・絵の具を使った抽象画
・石に絵を描くアート作品
・お世話になった仕事を紹介する原画展
など、そのときどきで表現の引き出しを探るように展示をしてきた。
作業としての「ただ描く」ができるのなら、
もっと短い間隔で展示をやれるのかもしれない。
けれど、私の場合は「描く」につながる道筋を見つけることも制作の一部なので、実際に手を動かす前に、まず自分を見つめ直すことになる。
それは、自分の中で流れているノイズ混じりのラジオを少しずつチューニングしながら、これまで埋もれていた新しいチャンネルを探すことに似ている。
なので時間はかかるし、
直前までのたうち回ることになるのだけど
(ギャラリーを予約した自分を毎回恨む)、
終わったあとに見える景色は、
自分ひとりでは決して出会えないものだから、
懲りずにまたやってしまう。

年末になんとなく方向性は見えていたものの、
このテーマで何を届けられるかずっと迷ってました。
表現することと、お金のこと
展示をつくるうえで指針にしているのは、
「今、何を表現したいか」、
「見てくれる人に何を届けられるか」の2つ。
この2つを軸に置くことで、
未経験のことや苦手なことにも挑戦できるのと、
絵だけを見せるのではなく、背景やストーリー、
言葉や空間を含め、ギャラリー全体を一つの作品として多面的に表現できるので、これ以上ない学びの場になっている。
そして、最も苦手なのがマーケティングである。
表現することと、見てくれる人へ届けることに全振りした結果、お金をどう回収するかは、いつも後回しになりがちだ。
特に、お金の流れや集客を予測してコントロールしようとすると、偶然の出会いや発見、喜びが削がれてしまうような感覚があり、どうにも苦手である。
自分自身の純粋な喜びから生まれたもので人の心を動かしたいし、そこから生まれる人のエネルギーで満たされていたい。

各々が時間を過ごす景色が嬉しい。
こう書くと絵空事のようだけれど、
大事にしたいものを濁さずにやっていると、
お金というものは不思議とあとからついてくることがある。
そう思えたのは、前回に続き、
今回も「展示作品を販売しない」という
大赤字確定の展示方法だったにもかかわらず、
最終的には制作費とギャラリーのレンタル費を回収できたからだ。
前回は、お世話になった仕事を紹介する原画展だった。依頼された仕事の原画なので、当然販売することはできない。
そして今回は、街の飲食店を描いた展示だった。
一般のお客さんに、お店を描いた作品を売るのは何か違う。かといって、私が好きで勝手に描いたものを、描いたお店に売るのも違う。
無理にお金の流れを組み込もうとすると、
いちばん大切にしたかったものが抜け落ちてしまう気がしたので、高い勉強代と自分への投資だと思って、腹をくくることにした。
ちなみに今回は、自分の作風に合う印刷方法へ挑戦することも、一つの目標だったので、
高精細な印刷と額装にも妥協せずに試してみた。(出費にビビりながら)
結果として、トータルの出費は6桁にのぼり、
展示直前まで、自分の社会性のなさというか、
「イラストレーターとして、これでいいのだろうか」とだいぶ落ち込んだ。

再現したい発色を大切にしつつ、手描き感を残した。
台紙は、手紙を封筒に入れるような気持ちで
作品ごとに世界観の合うものを一枚ずつ探した。
けれど、何も策を打たなかったわけではない。
見せたいイラストとは別に、手に取ることのできるアート作品と、ささやかなグッズを用意した。
一つの作品の中で、表現とお金の両方を完結させようとするのではなく、作品によって役割を分けることにしたのだ。
これまでイベントへの出店を重ねる中で少しずつ知っていただけるようになったアート作品を、展示空間を彩る販売作品として置き、さらにオリジナルキャラクターのステッカーも用意した。
その結果、展示の中心となる作品を販売しなくても、予算を回収することができた。

受けて描く作品「ひとにぎり」。
全部で110個の作品が旅立った。

をイメージして描いたオリジナルキャラ。
これをめがけて入ってきてくれる人も。
マーケティングの知識がない私が一つ分かったことは、展示そのものを純粋に楽しみ、その世界観に入り込んでもらえると、販売作品やグッズにも自然と手が伸び、受け取ってもらいやすくなるということだった。
もちろん、作品を楽しんでもらえれば必ず売れる、という単純な話ではない。
ただ、「売るもの」と「見せるもの」をすべて一致させなくても、表現を濁さずにお金の流れをつくる方法はあるのだと気づくことができた。
これから
展示を重ねるたびに、表現だけでなく、
届け方やお金の循環も含めて、
自分の中で少しずつ育っているものを感じる。
完成したものだけを見ると、
得意でサッと描けると思われがちだけど、
自分の弱いところや苦手なことと向き合わなればならないので、結構弱気になったりもする。
それでも、
いろんな人からもらったエネルギーを糧に
描き続けていると、想像もしていなかったことにたくさん出会える。
だから、どんなに拙くても自信がなくても
今の自分を表現し続けていきたいと思う。
木が枝葉を伸ばしながら育っていくように、
これからも表現の枝葉を一つずつ広げながら、
私らしい果実を実らせていきたい。




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