「家は買わない」と決めていた寒川一(さんがわ はじめ)さんが、40歳で購入したのは、海を望む横須賀市・秋谷の家でした。
なぜ、「家は買わない」と決めていた人が、家を買ったのか。
今回は、不動産仲介業「鎌倉ひとはこ」代表・上岡洋一郎さんとともに、寒川さん夫妻の住まい選びをインタビュー。
秋谷の家をめぐり、偶然をきっかけに動き始めた、ふたりの選択と約20年の暮らしをたどります。

今回登場する購入者PROFILE|寒川一さん・せつこさん夫妻
寒川一さん
香川県生まれ。アウトドアライフアドバイザー。アウトドアでのガイド・指導はもちろん、メーカーのアドバイザー活動や、テレビ・ラジオ・雑誌といったメディア出演などで幅広く活躍中。とくに北欧のアウトドアカルチャーに詳しい。東日本大震災や自身の避難経験を経て、災害時に役立つキャンプ道具の使い方・スキルを教える活動を積極的に行っている。著書に「新時代の防災術」「『サボる』防災で生きる」「これからのキャンプの教科書」など。「湘南ひとまち」かまくら暮らしの防災術の講師。
寒川せつこさん
東京都生まれ。アウトドアの知恵を活かした災害時にも役立つ料理をメディアやワークショップなどで伝える。北欧の暮らしのエッセンスをレシピにも取り入れている。キャンプを通して一さんと出会い、結婚。
建物PROFILE①|秋谷の家(横須賀市秋谷)
当時の家族構成:4人(夫婦・子ども2人)と愛犬
構造:2LDK・木造戸建
特徴:海近・自然が多い環境
暮らした期間:2003年~2022年(約20年)

家を建てる直前、計画を手放した(香川から東京へ)
還暦を過ぎた今も、旅や自然を楽しんでいる寒川一さんとせつこさん夫妻。
ふたりの出会いの場となったのは、友人に誘われて参加した千葉県内のキャンプ場でした。
「自然と会話がはずんで、キャンプ用品の相談をしたり、一緒に買いに行ったり。その後、一緒に過ごすようになりました」(せつこさん)

結婚後も、旅好きのふたりは、賃貸物件の更新を機に、いくつもの場所へ住み替えました。
やがて、一さんの故郷・香川県へ。
自然が身近にあり、子どもものびのび育てられる。そんな環境を求めて土地を購入し、家の図面まで完成していました。
あとは、着工を待つばかり。
――ところが。
ここで、家族の状況に変化が起こります。
長男が、学校に行かなくなったのです。

「田舎だと、学校に行かないとなったときの選択肢が本当に少ないんです。子どもにもっと広い選択肢を持たせたくて、家を建てる計画を白紙に戻して東京に出ました」(せつこさん)
人生の大きな計画を手放したふたり。
この経験が、一さんの「家は買わない」という考えを、より強くしたといいます。
東京から秋谷へ。「天国」のひと言に導かれた偶然
東京・中野での暮らしは便利でした。
「家のすぐ近くに『ドン・キホーテ』があって、24時間なんでも手に入る。ファストフード店も、真夜中なのに満席だったりね」(一さん)
一方で、その便利さに少し息苦しさも感じていたといいます。
そんなある夜、眠れずにネットを眺めていた一さんの目に、海の近くに建つ2LDKの家と、桟橋越しに富士山を望む一枚の写真が飛び込んできました。
「この場所はどこなんだろう」

不動産会社に問い合わせ、翌日、子どもの学校帰りに間に合うよう、ふたりで写真の場所を探しに三浦半島へ。
横須賀市の久留和漁港周辺を歩いていると、10頭近くの犬を連れた長髪の男性から声をかけられました。

「何しにこちらへ?」
「物件を見に来ました」
すると男性は、「この辺りは、住むには天国ですよ!」とひと言。
東京では、隣近所と挨拶を交わすこともほとんどなかった一さんは、「初対面の僕たちに、いきなりそんなことを言うの?と驚きました。でも、その『天国』という言葉が妙に刺さってしまって(笑)」と振り返ります。
そして車に戻ったふたりを待っていたのは、約束もしていなかった不動産会社の営業マンでした。

「いますぐ家を買うつもりはない」と伝えながらも、近くのファミレスで話を聞くことに。
営業マンの説明に強く心を動かされたわけではありません。それでも、先ほどの「天国」という言葉が頭から離れず、申込書にサインをした一さん。
「家は買わない」と言い続けていた一さんの突然の行動に、せつこさんも「意味が分からない」という様子だったと一さんは笑います。

ただ、購入をその場で決めたわけではありません。
そこからふたりで何度も話し合い、海辺で暮らすことの魅力や自然の厳しさも含めて、秋谷での生活を具体的に描いていきます。
そして、融資について相談するため銀行へ。
ところが、そこでふたりを待っていたのは、思いもよらないひと言でした。
――「私なら買いません。なんでこんな家を買うんですか?」(銀行員)――
「海の近さとか、価値を全否定されたんですけど、それが逆に火種になって。『何としても買って見せる』って、スイッチが入っちゃったんですよね」(一さん)

なぜ銀行には、その「価値」が伝わらなかったのでしょうか。
「銀行員からすると、数字や資料をもとに判断することになります。でも、秋谷のような場所は、実際に現地に立って、海や富士山を見て、そこで暮らすことを想像して初めて分かる価値もある。今回の対応を通して感じたのは、そうした価値を、数字や資料だけで伝えることの難しさです」(上岡さん)

こうして、いくつもの偶然が重なったことで気持ちが動いた一さん。
「買わない」と決めていた家を、秋谷に持つことになりました。
秋谷で見つけた「豊かな不便」(横須賀市・秋谷)
秋谷での暮らしは、東京とは正反対でした。
コンビニは遠く、車がなければ生活しにくい。学校も徒歩圏内にはありません。台風が来れば道路がふさがれ、孤島のようになることもありました。
それでも、ふたりにとって、その「不便さ」は次第に暮らしの豊かさへと変わっていきます。

近所の人から野菜や釣った魚をもらい、焚き火カフェの薪には海岸の流木を使う。
湧き水をくみ、物々交換も自然に生まれる。
秋谷の家をベースにカヤックを楽しみ、海辺で焚き火カフェを開き、家族で旅やキャンプにも出かける。
「東京では、全部買うでしょ。“生きる力”を発揮する機会がないんです。秋谷での生活は、ゼロになっていた“生きる力”が戻っていく感じがありました」(一さん)
「自然の中で遊び、帰れば家がある」。
そんな暮らしを、子どもたちの成長とともに続けていきました。

そして、この地で暮らすうちに、長男は再び学校へ通うようになり自立。
「息子は、気づいたら登校するようになっていました。その後、高校、大学と普通に通って、今では子どももいる立派なお父さんです」(せつこさん)

秋谷での暮らしは、家族にとってかけがえのない日々でした。
しかし――
秋谷で暮らし始めて約20年。
ある出来事をきっかけに、ふたりは「このまま、ここで暮らし続けるのか」と、自分たちの暮らしや「家」について、改めて考えることになります。
そしてふたりは再び、自分たちにとっての「HOME」を選びなおします。
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