【第38回】しょーちゃんコラム 「大町釈迦堂口遺跡(おおまちしゃかどうぐち)遺跡 公開に参加して!!」

鎌倉には、日本の中心として栄えた時代の遺構が点在しています。

そして、地域の中で暮らしていると、それらの遺構のこと、そしてその公開に関する情報が流れていることも多いものです。

先日、2月末から3月11日にかけて、鎌倉市大町6丁目の「大町釈迦堂口遺跡」の公開が行われました。

「大町釈迦堂口遺跡」とは、2008年に、地元の人からは名越ヶ谷(なごえがやつ)と呼ばれるこの一帯の谷戸で実施された発掘調査により、発掘された貴重な掘立柱の建物、火葬場の跡などの貴重な史跡です。

かつては北条時政の屋敷跡であったとあったと考えられていましたが、発掘された遺跡が北条時政の時代まで遡らないことから現在は北条時政の屋敷ではなかった可能性が高いと考えられており、何らかの宗教的な施設であったと考えられています。

私は人づてにこの公開の話を聞き、終了間際の3月11日午後14時の回に参加することが出来ました。

(写真・資料)

画像
資料写真。横向きになりましたが

私が参加したの回では100人近い参加者がいました。

全日程を通して多くの参加者、リピーターもいたということで、改めて鎌倉市が歴史の街であり、市民にも歴史への関心の深い人が多いことがうかがい知れます。

2グループに分かれ、私は奥の「日月(じつげつ)やぐら」から見学するグループでした。

(写真・日月やぐら 7基)

画像
日月やぐら。7基の中にどのような人が眠っているのでしょうか?

ちなみに「やぐら」とは、この時代の身分ある人の墓で、多くが洞窟を掘った場所に石を重ねる形で埋葬されていました。「やぐら」に祀られているのは高貴な身分の人ばかりで、一般庶民は、例えば現在の鎌倉の市街地の地域では、由比ガ浜にそのまま埋葬されていたと伝わっています。日月やぐらには、高僧が埋葬されていると推定されています。

(写真・日月やぐら内部)

画像
歴史の重みを感じる形状ですね

続いて坂道を降りていき、「地蔵やぐら・唐糸やぐら」へ向かいました。

(写真・地蔵やぐら・唐糸やぐら)

画像
伝説にもなった唐糸とその娘に思いを馳せます

前方右側が「地蔵やぐら」、左側が「唐糸やぐら」です。

ちなみに伝承である部分はありますが、「唐糸」とは人名です。源頼朝に敗北した木曽義仲の家臣・手塚太郎の娘に唐糸と言う人物がおり、ここに幽閉されていた、と言う伝承が残っています。唐糸は頼朝の暗殺を狙いますが失敗して捕らえられ、この場所にあった石牢に幽閉されました。そして、唐糸の娘の「万寿姫(まんじゅひめ)」は孝養に厚く、自ら鎌倉へ赴いて頼朝と謁見し、頼朝の前で舞を舞い、褒美は何が良いかと問われて、「母を放免して欲しい」と懇願し、無事に唐糸を救出した、という伝承があります。この話は、室町時代に「唐糸草子」という御伽草子となり、戦前には教科書にも載っていたそうです。

(URL・唐糸草子)

唐糸草子(からいとそうし)とは? 意味や使い方 – コトバンク改訂新版 世界大百科事典 – 唐糸草子の用語解説 – 御伽(おとぎ)草子。渋川版の一つ。鎌倉御所の唐糸(木曾義仲の臣手塚太kotobank.jp

その後で、下の平場へ向かいました。

(写真・平場、小高いやぐら)

画像

ここで「やぐら」というものの定義や、正確に資料は残ってはいないが、出土品などからここは当時、何らかの宗教的施設であったことは間違いないと考えられていることなど、説明を受けました。かつては、企業の保養所だったそうですが、企業が撤退したのち、発掘調査が行われて、昔は北条時政の屋敷跡だと考えられていたのがその後の時代の宗教的施設跡である可能性が高まったことなど多くのことを知りました。本当に有意義な時間でした。鎌倉に住めて、改めて良かった、と思えた日でした。

余談ですが、帰り道、「黄金やぐら」という標識があったので見学してみました。

(写真・黄金やぐら)

画像
この奥に誰が眠っているのでしょう

地味ですが歴史を感じる場所でした。

本当に鎌倉にはそこかしこに歴史の息吹を感じさせる場所がありますね。
私は、これからも、この鎌倉の街を知り、歴史を深めていきたいと思っています。

せっかく住んだのだから、とにかく「もっと知って」いきたいですね!!

余談・遺跡見学中・3月11日の14時46分と重なるということで、黙とうの時間をとる、と言う対応がされました。

東北地方に震災時、住んでいたものとしては、遠いこの地で想いを持ってくれる人たちがいる、ということに胸が熱くなりました。

鎌倉市教育委員会の皆さま、ありがとうございました!!

送信中です

×

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!

この記事を書いた人

数年前に東北地方から移住してきました。様々な人の支えでこの街でくらしています。私は歴史好きであり、さらには地域のパワーが凄いこの街が今は大好きです。外部から来た者ならではの視点で、この街の魅力を発信していきたいです

コメント

コメントする

目次