【第34回】しょーちゃんコラム  鎌倉での哲学対話ワークショップ もし、辞書を書きかえるとしたら? ~「孤独」と「ひとり」~

鎌倉では、対話、引いては哲学対話のワークショップができるファシリテーターが何人か活動しており、定期的にワークショップが開催されています。

先日(2月7日)の夜には、文筆家の関根愛(めぐみ)さんを迎え、平素より鎌倉で哲学対話のワークショップを開催しているファシリテーター・浅野萌さん(もえーん)とのコラボで「もし、辞書を書きかえるとしたら」という哲学対話ワークショップが、鎌倉市長谷(はせ)のブックカフェ「海と本」で開催されました。

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今回は昨秋に続き2回目の「海と本」での特別コラボワークショップでしたが、「もしも辞書を書きかえるとしたら?」というワークショップは、平素より鎌倉における「もえーん」の哲学対話ワークショップでは度々開催されており、そのたびに議論が盛大に盛り上がる人気のワークショップとなっています。

今回も集まった人たちで大いに激論が交わされ、結論から言うと終了時間は大幅にオーバーし、それでも「1つだけの結論」までは見つからず、いくつかの「こういう感じになるのではないか」という案が出たところでこの日は終わりました。

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3個の回答が導き出されました

この日はまず関根さんの著書を題材として参加者で読み合わせしました。

(関根さんが多くの土地を旅する中で感じ取ってきたことを綴った著書のあとがきでした。)

そのあとで、「ひとり」という言葉についてみんなで深めるのか、「孤独」という言葉について深めるのかをみんなで話し合い、その結果「孤独」という言葉についてみんなで深めることになりました。

そして、この日は、本当に、こんなに活発に議論が交わされるものか!という感覚になるくらい、みんなで激論を戦わせました。

私が議論のポイントだと感じたことがいくつかあり、まず1つは

「通常人は、ひとりになりたい時はあっても、孤独になりたい時はない」

という話が出ました。

つまり、孤独でいる時と言うのは、他のものに「頼らないし頼れない状態」であり、世界と切り離されている状態だというわけです。私もなるほどと、感じるところはありました。

さらには、都会(都心)にいることが、孤独(もしくは一人)でいる感覚か、単に群衆に紛れている感覚なのか、と言う話もでました。

みんなで話している中で、

・状況的に主体的でない時に「孤独」はネガティブになりがちなのでは?

・「孤独」を自ら選択している時には自ら他者を排除している可能性がある

と言う話になりました。

私は納得できるような気がしました。

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他にもたくさんの意見が出ました

「孤独を自ら選択する」(選び取る)。

人が生きていく中で、どうしてもこのような状況になる時はあるのではないでしょうか。

どうしても叶えたいことへ向けて自分の中で整えるために、そして自分と向き合うために。

そういう場合は「孤高」という、自分と向き合うための能動的な孤独を選択しており、主体的な意味合いでもあるのでそこは素晴らしいですが、他者を排斥している可能性がある、と言う話にもなりました。

そして、この場合には「自分と向き合っている、良い意味での孤独」と言う概念が存在しますが、一般的に「孤独」と言う言葉はネガティブかつ受け身なイメージがあるので、他者に対して使うのはNGである、と言う話もでました。

もちろんと言えばもちろんなのですが、私は「孤独」と言う言葉について、こうして深く考えたことなどありませんでした。

本当に、哲学対話でじっくり、今まで思いもしなかったことに思いを巡らせる時間は貴重だな、と感じました。

私自身のことになりますが、幼い頃から高校時代くらいまで、周囲に馴染めない子供でした。

当然、多様性社会の今とは時代も違いますから、そんな私をからかう人たちも多くいました。

こいつ、1人でいることが多いな

というのもイヤな言われ方でしたが、

お前、本当に孤独だな

という言われ方は、今振り返っても、悪意を感じました。

そのため当時は「強烈な言葉」と言うイメージしか持っていませんでしたが、この様に多くの捉え方があったとは、と本当に、学ぶ機会とその環境をくれた鎌倉での出会いの数々に感謝です。

この日の「孤独と言う言葉の書き換えについていったん出た、3個の答え(ただしまだ仮)」の写真は上に載せましたが、私は答え③の「世界に対して1人で立っている感覚」と言うのが何となくしっくりくるかな、と思っています。

「孤独」は決して、今まで思い描いていたような、最悪の言葉ではない。

世界を見つめながら、1人で心をそこに立たせている感覚。

その様なものだと、この日、思いました。

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大仏のある長谷寺からほど近くです

帰りも、多くのことに思いを馳せました。

鎌倉では、哲学対話で考えを深め、人との出会いも機会がたくさんあります。
私自身、これからも鎌倉の対話会や哲学対話に参加して、多くのことを吸収し、鎌倉の地域社会にも少しずつ還元していこうと考えています。

皆さんも鎌倉で一緒に語りましょう!!

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この記事を書いた人

数年前に東北地方から移住してきました。様々な人の支えでこの街でくらしています。私は歴史好きであり、さらには地域のパワーが凄いこの街が今は大好きです。外部から来た者ならではの視点で、この街の魅力を発信していきたいです

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