自転車で走る、冬の帰り道。
寒さを通り越して、風が痛い。
いつもより少し軽くなった髪が靡き、
かけたてのパーマが、ふんわり香る。
・
30歳を過ぎて、
美容室が好きになった。
2年ほど前、街中に突如現れた白い建物。
小さくも存在感のあるその佇まいに、
「ギャラリーかな」などと思っていた。
一つある大きな窓は、
何度通ってもカーテンが閉まっていて、
中の様子はよく分からない。
半年ほど経った頃、
ふと気になって調べてみると、
そこは美容室だった。

天井の高い一階建てで、光がよく入る。
美容室という場所が、ずっと苦手だった。
自分の顔をまじまじ見なければいけないし、
動けない状態で、後ろから話しかけられる。
それが得意な人って、いるんだろうか。
美容師さんは積極的に話しかけてくれる方が多いけれど、
私は「必要な沈黙」が、けっこう好きだ。
「お客さん」と「お店の人」という関係性の中で生まれる会話には、
沈黙を避ける要素や、
サービスとしての気配を感じてしまい、
どこか落ち着かない。
けれど、今通っている美容室に出会って、
それが変わった。
女性の美容師さんが一人で営んでいて、
初めてカットをお願いした時から、
「沈黙」を預けられる人だと感じた。
“お客さん”としてのサービスも、
“沈黙を埋めるため”の会話もない。
温度を変えない、その自然な在り方が、
澄んだ海の青を思わせた。
話してみると気さくな人で、
どちらからともなく、
自然に会話が生まれることもある。
そのバランスが、心地いい。
気になる雑誌があれば黙って読めるし、
ひと休みしたい時は、安心して目を閉じられる。
この「沈黙」は、
誰とでも共有できるものではない。
自分自身とつながれるようになって知った、
大切な感覚だ。
・
美容室を出る頃には、
髪と一緒に、心まで軽くなっている。
話した内容は他愛ないことでも、
「話すための会話ではない時間」は、
確かに、豊かなものを運んできてくれる。
沈黙に身を委ねている時、
少なくとも私はそこに、
「沈黙」という名の「信頼」を抱いている。
また髪が伸びた頃に、
この沈黙に戻ってこられるのが、楽しみだ。




コメント