はじめに:鎌倉・湘南に暮らすという選択

潮の匂いが混じる風、打っては返す波の音、海越しに伊豆半島から富士山まで望む景色。 そんな風景に身を置いていると、いつもの慌ただしさの中でも、ふと深呼吸をして、自分の時間を取り戻せる気がします。
湘南という場所は、自然とともにある暮らしが根づき、人と人の営みがやさしく重なりながら、まちのかたちを作ってきました。
ここには都会の分譲地では珍しい、まちづくりに 余白 があります。
そして、その美しい風景や、穏やかな暮らしを守っていくために、建築やまちづくりにいくつかの“厳しいルール”があるのです。
それは単なる法律で決められたものだけではありません。
昔からこの土地を愛し、大切にしてきた人たちの「この景色を、次の世代にも残していきたい」という思いが形になったもの。例えば”建築協定”や”住民協定”と呼ばれるもの。
言うなれば、自然とともにあるこのまちの“文化”のようなものかもしれません。
鎌倉・湘南のまちで暮らすということは、そうした思いに少し耳を傾けながら、自分の暮らしを重ねていくこと。
まちの景色と調和した家を建てることも、その大切な一歩なのです。
今回は、そんな先人たちの思いが詰まった「まちの約束ごと」、そして不動産の世界では「法令制限」と呼ばれる、建築にまつわるルールについて、まち歩きをするような気持ちで、ゆっくり見ていきましょう。
1. 法令制限って、まちの設計図みたいなもの

鎌倉を歩くと、古い瓦屋根の家が並ぶ住宅街の奥に、
突然の高層マンションやコンビニがないことに気づきます。
あれは偶然ではありません。
「ここではどんな建物を建てていいか」
それをあらかじめ決めているのが用途地域という仕組みです。
つまり、まちの設計図みたいなもの。
もしこのルールがなければ、
谷戸の奥にホテルが建ったり、幼稚園の隣に工場ができたり。
鎌倉らしい空気はすぐに壊れてしまいます。
一例:用途地域ごとのまちの特徴(鎌倉市中心部)
| 用途地域 | まちの印象 | 主な建てられる建物 | 鎌倉で見られるエリア |
|---|---|---|---|
| 第一種低層住居専用地域 | 緑に囲まれた静かな住宅地 | 一戸建て・幼稚園・小さな診療所等 | 西御門・山ノ内・二階堂 |
| 第一種中高層住居専用地域 | 共同住宅が増えるエリア | アパート・保育園・医院等 | 玉縄・梶原 |
| 近隣商業地域 | 駅近で人の行き交うエリア | 店舗・事務所・住宅等 | 由比ガ浜通り |
| 商業地域 | にぎやかな商業中心地 | 店舗・ホテル・ビル等 | 鎌倉駅前・小町通り |
数字の向こうにまちの「性格」が見えてきます。
まさに、まちの暮らし方を描いた設計図なのです。
🌏 さらに詳しく:
第1期|まちをつくるルール(都市計画法編) →(作成中)
2. 建ぺい率と容積率──数字の裏にある、暮らしの余白
「建ぺい率60%・容積率150%」
この数字、見るだけで眠くなりそうですよね。
でも実はこれ、どれだけ空や緑を残せるかというルールなんです。
たとえば建ぺい率60%というのは、
土地の60%までしか建物を建てられない、という意味。
残りの40%は、庭やデッキ、中庭など余白として残ります。
容積率は、敷地に対して建物の延べ床面積(1階+2階+ロフトなど)がどれくらいまで許されるかを示すもの。
つまり、「建物をどのくらい上に積み重ねていいか」を決める数字です。
たとえば容積率150%なら、
100㎡の土地に合計150㎡まで建てられます。
1階60㎡+2階60㎡+小屋裏30㎡、そんなイメージです。
容積率が高いと、同じ土地でも大きな家や3階建てが可能に。
逆に低いと、建物を小さく抑えて空を広く残せます。
数字は一見、制限のように見えます。
けれど庭の余白を残すことは、
まち全体の風通しや景観を守ることでもあります。
だからこのルールは、実は「暮らしを豊かにする設計図」なんです。
🧱 さらに詳しく:
第2期|建てるためのルール(建築基準法編) →(作成中)
3. 高さのルール──空を分け合うという考え方

鎌倉のまちを見上げると、空が広い。
それは、家の高さにもおだやかな約束があるからです。
3階建てを建てたいとき、多くの人が最初に見るのが「高さ制限」と「斜線制限」。
これは、隣の家の日差しや風通しを奪わないように設けられたものです。
一例:高さ・斜線制限の考え方
| 制限の種類 | 内容 | 主な目的 | よくある数値・基準 |
|---|---|---|---|
| 絶対高さ制限 | 屋根のてっぺんの高さを制限 | 景観・日照、通風の確保 | 約10または12m |
| 道路斜線制限 | 道路から一定角度で高さ制限 | 採光・通風の確保 | 接している道路の境界線までの距離の1.25倍(傾斜勾配)など |
| 北側斜線制限 | 隣家の北側への影を抑制 | 日照・通風の確保 | 5mまたは10mの基準の高さから、北側境界線までの距離の1.25倍以下(傾斜勾配)など |
| 日影規制 | 冬至の日影時間を制限 | 日照の確保 | 敷地境界線から5~10mの範囲では5時間まで、10mを超える範囲では3時間まで日影になってもよいなど |
これらのルールは、図面で見ると少し難しい。
でも実際は「空をみんなで分け合う」という、とても人間的な考え方です。
高さを控えめにして、風を通し、光を隣と分け合う。
それが、鎌倉のまちがいつもどこか静かに呼吸している理由です。
4. 鎌倉・湘南の特別なルール──建てにくいの中にある優しさ

鎌倉や逗子・葉山には、もうひとつ特別なルールがあります。
それは「このまちの自然を壊さないように建てる」ということ。
法律の名前で言うと、「風致地区」や「景観地区」。
でも本質はもっとやさしくて、
この土地がもつ静けさを守るための約束なんです。
一例:鎌倉の特別な地区制度
| 区分 | 対象地域 | 主な制限 | 守っているもの |
|---|---|---|---|
| 風致地区 | 二階堂・扇ガ谷・浄明寺など | 建物の高さ・外壁の色・植栽義務 | 谷戸の緑や竹林などの自然環境を守る地域 |
| 景観地区 | 長谷・雪ノ下・材木座など | 屋根形・素材・窓の位置 | 歴史的なまちなみ |
| 土砂災害警戒区域 | 山裾・谷戸の斜面地 | 擁壁・構造・避難経路 | 命と安全な暮らし |
| 歴史的風土保存区域 | 鶴岡八幡宮・円覚寺周辺など | 建築物や工作物の新築・改築、宅地の造成 | 鎌倉の歴史的景観や自然環境 |
建てにくい場所という言葉の裏には、
「守りながら住む」という選択肢があるのです。
🏯 関連記事:
第3期|守るためのルール(安全・環境編) →(作成中)
5. 建築確認という、まちとの握手

家を建てるとき、設計図を役所や検査機関に提出して「建てていいですよ」と確認をもらう手続きがあります。
それが建築確認申請です。
少しかしこまった響きですが、実際は「この設計は、まちのルールとちゃんと仲良くできていますか?」というやりとりのようなもの。
確認が下りた瞬間、それはまちとあなたが握手を交わしたサインでもあります。
一例:建築確認の流れ(鎌倉市)
| 手順 | 内容 | ポイント |
|---|---|---|
| ① 事前調査 | 敷地の条件を確認(用途地域・風致地区・土砂災害区域など) | どんな建物が建てられるかの確認をここで。 |
| ② 事前相談 | 図面や書類の不備を事前チェック(任意) | 不備があると後の審査で時間がかかるため大切。 |
| ③ 申請・受付 | 書類と手数料を提出し、正式に申請 | 消防の同意が必要な場合も。 |
| ④ 審査 | 構造・安全性・法令適合を審査。必要に応じて補正。 | 指摘があれば修正して再提出。 |
| ⑤ 確認済証交付 | すべて適合すれば「確認済証」が交付される | これが出て初めて工事ができる。 |
中古住宅を購入するときも、この確認済証の有無は要チェックです。
図面通りに建てられていない増築や、完了検査を受けていない建物は、
ローンや保険の審査で不利になることがあります。
こうした書類はただの手続きではなく、
「まちに認められた家かどうか」を示す大切な記録なんです。
一例:中古住宅で見落としがちな確認ポイント
| チェック項目 | 内容 | 注意点 |
|---|---|---|
| 接道義務 | 幅4m以上の道路に2m以上接しているか | セットバックが必要なケースあり |
| 容積率オーバー | 延べ床面積が上限を超えていないか | ベランダやロフトが超過要因になることも |
| 確認済証・検査済証 | 建築確認・完了検査を受けているか | 無いと融資・火災保険に影響することも |
建築確認は、法律のチェックではなく「まちとの信頼づくり」。
設計士・行政・住まい手の三者が、同じ方向を向くための儀式のようなものです。
それを丁寧に行うほど、まちは穏やかに、長く愛されていきます。
🤝 関連記事:
第4期|暮らしをつなぐルール(協定・共生編) →(作成中)
6. 法令を知ることは、「自分の暮らしをデザインする」こと

ルールを学ぶというと、なんだか窮屈に聞こえるかもしれません。
でも実際のところ、法令を知ることは自分の暮らしをデザインすることなんです。
たとえば、「庭を広く取りたいからこの地域を選ぶ」とか、
「海が見える家を建てたいけど高さ制限があるから2階リビングにしよう」とか。
ルールを知ると、むしろできる工夫が増えていきます。
鎌倉のまちは、誰かが勝手につくったわけではなく、
何十年も前からそこに住む人たちが、少しずつ手を入れて守ってきた風景です。
風致地区の緑も、瓦屋根の街並みも、みんなが「このままがいい」と思った結果。
それが、鎌倉というまちが持つ「制限の中の自由」です。
法令はダメを突きつける壁ではなく、
まちの呼吸を感じながら暮らすためのリズム。
そのリズムに合わせて暮らすことが、湘南らしい家づくりのはじまりです。
🎯 まとめ:まちと暮らしの約束
- 法令制限は「建てる人を縛る」ためのものではなく、「まちを守る」ための約束。
- 建築確認はまちとの握手であり、信頼の証。
- 鎌倉・湘南のルールは、自然と調和して暮らすための道しるべ。
- ルールを知ることで、暮らしの自由はむしろ広がっていく。


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