海と山に囲まれた鎌倉・湘南。
その豊かな自然に惹かれて移住される方は多い一方、よく話題に上がるのが「災害リスク」のことです。
「海が近いけど津波は大丈夫?」「崖が近いけど安全なの?」
そんな不安をなんとなくで判断してしまうと、いざという時に後悔につながりかねません。
一方で、リスクを恐れすぎて選択肢を狭める必要もありません。
大事なのは、正しく知り、準備し、選ぶこと。
今回は、鎌倉・湘南での住まい選びに欠かせないハザードマップの読み解き方、法律によるリスク区分、最新の規制強化、そして保険の備え方まで整理します。
自然と共存する暮らしを選ぶからこそ、「知識」が安心の土台になります。
1|ハザードマップは「危険な場所の地図」ではなく、判断材料

物件探しや契約前の説明で必ず確認することになるハザードマップ。
色が付いている場所を見ると、つい「危険」「避けるべき土地」と感じがちですが、本来の役割は違います。
ハザードマップは、水防法・土砂災害防止法などにもとづき、国や自治体が作成する災害発生時の想定区域を示す公的資料です。どこで浸水や土砂災害などが起こり得るのか、そして避難所や避難経路がどこにあるのかを事前に把握する目的で作られています。
2020年の宅地建物取引業法施行規則改正により、水害ハザードマップ上で対象物件の位置を示すことは、売買・賃貸どちらでも重要事項説明として義務化されました。これは、「知らないまま選ぶ」のではなく、地域特性とリスクを把握したうえで判断できる環境を整えるためです。
鎌倉・湘南は、海・川・谷戸・傾斜地が生活圏と近く、多様な自然環境が魅力である一方、場所によって想定される災害リスクが異なります。
ハザードマップは「危険を断定する地図」ではなく、その土地とどう向き合うかを考えるための基礎情報です。正確に理解しながら住まい選びに活かすことが大切です。
参考:国土交通省 不動産取引時において、水害ハザードマップにおける対象物件の所在地の説明を義務化 ~宅地建物取引業法施行規則の一部を改正する命令の公布等について~
https://www.mlit.go.jp/report/press/totikensangyo16_hh_000205.html
2|山側エリアで重要な「イエローゾーン」と「レッドゾーン」

土砂災害防止法(平成12年法律57号)に基づき、地形、地質、土地利用状況等を踏まえて、調査結果から区域が指定されています。この制度は、2014年の広島土砂災害以降、全国で指定が加速し、現在も各県がおおむね5年ごとに更新調査を実施します(法第4条)。
区域は次の2段階で設定されます。
| 区域名 | 公式定義 | 位置の基準(行政指針) | 規制 |
|---|---|---|---|
| 土砂災害警戒区域(イエローゾーン) | 「土砂災害のおそれがある区域」 | がけ上端から水平距離10m以内/がけ下端からがけの高さ×2の距離以内(上限50m) | 建築制限なし/不動産取引時に説明義務 |
| 土砂災害特別警戒区域(レッドゾーン) | 「建物が損壊し、人命に危険が及ぶおそれがある区域」 | がけ上端から鉛直方向で5m下の位置以降/がけ下側は建物が土砂で破壊されないと算定される位置まで | 構造規制・開発許可制/融資判断に影響 |
※「がけ」とは一般に傾斜角30度以上の地形を指します。
イエローゾーンは「注意が必要な区域」であり、住めない地域ではありません。ただし、2020年8月以降は宅建業法施行規則改正により、取引時に位置の説明が義務化されています。
一方、レッドゾーンは構造基準が適用され、建築コスト増加・金融機関の担保制限・将来売却時の検討要素となるのが特徴です。購入可否ではなく、制度が土地のリスクと将来の判断軸を示す指標として位置づけられています。
参考:神奈川県 ■土砂災害特別警戒区域指定までの流れ ■よくあるご質問
https://www.pref.kanagawa.jp/documents/24886/toiawase.pdf
3|2023年から本格施行「盛土規制法」― 見えない地盤に注意
2021年の熱海土石流をきっかけに、従来の宅地造成等規制法は改正され、2023年から「盛土規制法」として全国一律の基準で盛土を管理する仕組みが整いました。神奈川県でも2025年4月から運用が本格化し、(横浜・川崎・相模原・横須賀を除く)県域のほぼ全域が規制対象となっています。湘南・鎌倉・逗子・葉山には、谷戸を埋めて造成した住宅地や高台団地が多く、影響は小さくありません。
規制の対象になる盛土には明確な条件があります。たとえば、高さ2m超の盛土や切土、盛土と切土を同時に行い、高さが2m超の崖を生ずるもの、面積500㎡超の造成、あるいは高さ2m超かつ300㎡以上の土砂堆積などが該当し、この規模に当てはまる場合は自治体の許可が必要になります。つまり、「土地を触る」という行為そのものに安全基準が課された形です。
この制度が住宅購入者や所有者に関係する理由は、造成履歴の有無は、将来の維持管理や改修の必要性、そして売却時の資産価値に影響する可能性があります。鎌倉・湘南では、造成時期や施工基準が不明なまま引き継がれている土地も存在し、購入後に擁壁や地盤の調査が必要となったり、状況によっては補強工事を求められるケースも見られます。こうした工事は、内容によって負担が大きくなることもあり、事前の把握が重要になります。
そのため、確認すべきポイントはシンプルです。
「この土地はいつ、どの基準で造成され、現在の盛土規制法に適合していますか。」
この一つの質問が、将来の想定外の負担を避けるための入り口です。
参考:神奈川県 神奈川県における規制 神奈川県の盛土規制の概要
https://www.pref.kanagawa.jp/documents/99601/moridokisei.pdf
4|保険の落とし穴 ―「津波=水災」ではありません

湘南エリアで家を検討するなら、「どの災害がどの保険で補償されるか」を一度きちんと整理しておく必要があります。ポイントは、津波は「水災」ではなく、地震と同じグループで扱われるという点です。
政府広報オンラインでも、
地震、噴火、津波による建物や家財の損害は、火事によるものであっても火災保険では免責となり、補償されません。
と明記されており、そのための経済的備えが「地震保険」だと説明されています。
仕組みを整理すると、次のようなイメージになります。
- 台風・豪雨・河川氾濫・大雨による土砂崩れ
→ 火災保険の「風災・水災」などで補償 - 地震・噴火・津波・地震が原因の火災・液状化・地盤沈下
→ 火災保険では免責、地震保険で補償
つまり、津波で家が流された場合、「水に関する被害」でも水災ではなく地震由来の損害として扱われるため、地震保険に入っていなければ補償はゼロというのが制度上のルールです。
地震保険は火災保険とセットでしか加入できず、補償内容や保険料は法律に基づいて全国一律の仕組みで運用されています。 湘南のように「海は近いが、同時にプレート境界にも近い地域」では、
- 「水災補償付きの火災保険に入っているから大丈夫」
と考えるのは危険で、「火災保険+地震保険」までセットで備えて、一通りの自然災害に対応できる可能性が高まるという前提で保険を検討する必要があります。
参考:政府広報オンライン 被災後の生活再建を助けるために。もしものときの備え「地震保険」を
https://www.gov-online.go.jp/article/201701/entry-9333.html参考:楽天損保 水災(水害)の補償範囲、補償対象は?台風や暴風雨によって浸水し、建物に損害が生じたら
https://www.rakuten-sonpo.co.jp/family/tabid/1156/Default.aspx
まとめ|「避ける」か「備えて暮らす」か。それが判断軸

湘南エリアで住まいを検討する際、自然災害リスクは避けて通れません。重要なのは、感覚ではなく、制度・データ・地形の特性を踏まえて判断することです。
整理すると、検討ポイントは次の4つに集約されます。
- ハザードマップ
想定浸水深・到達時間などの具体的な数値を確認し、避難経路や生活動線と照らし合わせて判断する。 - 法令・区域指定
土砂災害特別警戒区域(レッド)や造成履歴不明の土地は、建築制限・融資・将来売却に影響する可能性があるため、慎重な確認が必要。 - 地形特性
湘南では、山側は土砂災害リスク、海側は津波・洪水リスクが主軸となる。どのリスクに向き合う立地なのかを把握することが前提。 - 保険・経済設計
津波・液状化を含む地震由来の損害は地震保険、台風・洪水は火災保険(水災補償)が対象。補償内容と建物性能による割引制度も含め、あらかじめ整理しておく。
住まいは、「リスクのない場所を探すもの」ではなく、許容できるリスクと対策を考えながら判断するものです。
数字・制度・地形を客観的に把握し、自分や家族にとって安心できる暮らし方に合う場所かどうか——。
その視点が、後悔のない住まい選びにつながります。


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