今、私の住む鎌倉には、「オーバーツーリズム」の波が押し寄せています。
「オーバーツーリズム」。
これは何かというと、ネットから引用すると
「近年、日本国内への外国人観光客の増加に伴い、特定の地域に観光客が集中する「オーバーツーリズム(観光公害)」が問題視されています。オーバーツーリズムが発生すると、交通渋滞や自然環境破壊などの悪影響が生じるため、地域住民が以前のような生活を送れなくなり、結果的に観光客に対して「観光客嫌悪」など深刻な社会問題につながるおそれがあります」
―(NTTドコモビジネス)最近よく聞く「オーバーツーリズム」とは?| NTT docomo Business Watch より引用
私の住む鎌倉は、一部で既に問題が表面化しています。
第一前提として、今、鎌倉の中心部である「小町通り」を歩いていると
「この中に、日本人は何割歩いているのだろう‥」
と思うくらい、外国人観光客がすれ違う人の大半です。日本人の観光客もいるしもちろん地元の人もいるわけですが、大半が外国人観光客なのではないか、という肌感覚があります。
その様な中、世界各地から、「それぞれの文化や覚えてきた常識」が違う人たちが日本へやってくるわけですから、地域住民と軋轢が起きてくるのは仕方ないことなのかもしれません。
代表的なのが、スラムダンクで有名な鎌倉高校前の踏切のトイレ問題。
付近に公衆トイレがないため、路上で用足しをしたり、近隣の住民の生活テリトリーに入り込んで排泄をする人までいて大問題となりました。他にも、この踏切では騒音の問題が喫緊の課題となっています。
そしてこのような「オーバーツーリズム」に関する地域での会議が8月にあり、私は「何となく」その時は参加しました。
会議に参加すると、結論から言って「外国人観光客などを迷惑な存在として自分たちと分けるのではなく、共生できるまちを目指したい」という旨の方向性となりました。
その後何度か会議を行いましたが、台湾から旅行中の参加者も来てくれて、その立場ならではの話も聞けました。
印象に残るのは、「外国人観光客が旅行中に災害が起きて、避難所で「区別」されてしまったり、言葉の壁に直面したという場面は過去に実際にあった」という話でした。
私自身、最近の出来事として、1つ思い出すことがありました。
私がお世話になっている機関では東南アジアからのインターン生が存在しているのですが、東京にあるそこの本部に挨拶に伺った時、イスラムの恰好をした東南アジアからのインターンの人がいて、話をしたことがありました。
その人は少ししか日本語を解せない人だったし、お互いにコミュケーションに苦労しましたが、私はその人の母国に(本当に偶然な幸運でしたが)赴任している友人がいて、手紙を現地からもらった経験もありました。そのため、片言の英語でそれを伝えると、微笑んでくれました。変な言い方ですが「人類みな兄弟」を、紛争の多いこの時代に実感した出来事でした。
その様な事や、いまや世界規模、果ては宇宙規模で物事を見ないと進まない時代であるわけだし、ネットなど見ると「外国人を排斥しろ」というようなかなり偏った意見が散見され、それが世の中の主流なのかな‥という感覚にも陥りますが、やはり「共生」は大切だと思いました。
そのために、まず何をしていくか。
議論を重ね、鎌倉はごみ問題も顕在化しているし、まず、この街の地元の人、そして観光客に爽やかに過ごしてもらうために、掃除活動を定期的に行うこととなりました。そしてプロジェクト名は、「コトオコシ鎌倉」と決まりました。
私は、さっそく1回目の16日に参加しました。
鎌倉市雪ノ下のプロジェクトメンバーのオフィスから、若宮大路から鎌倉市役所へ向かっていき、最後に鎌倉駅前からオフィスへ。
(写真・鎌倉駅前の雑踏)

この日も観光客が多く、「ゴミを入れましょうか?」と声をかけると、驚く人もいましたし、驚きためらいながらも入れさせてくれる人もいましたし、持っていたものがゴミではなかった人もいました。今のは失敗だった・・という声がけもありましたが、失敗や感謝される喜び、街の人、そして観光客との触れ合いを通して続けていく活動となるでしょう。
改めて、鎌倉は人口以上に観光客が多い街だなあ・・と思いました。関東近郊から、修学旅行の小学生も来ていました。
これから、清掃活動は定期的に実施予定です。
(写真・この日のごみ袋)

今や鎌倉という街は、観光客、中でも外国人観光客の存在感を抜きには考えられません。
文化も常識も異なる中で、互いに多くのことを決めつけず、共生出来たら最高でしょう。
そのために、私も仲間たちと、これからも考えていきます。
自分自身、これからもこの街で暮らしていくつもりだから・・。


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