鎌倉は日本の歴史を語る上で欠かせない土地であり、市内には史跡や旧跡が点在しているが、少し足を延ばせば関東各地や、伊豆地方にも鎌倉の歴史、ひいては日本の歴史を語る上で重要な史跡や名所旧跡が点在している。今回は、定期的に伊豆へローカルな空気を味わいに行く私が、先日「伊豆の国市韮山地区」(平成の大合併前は静岡県田方郡韮山町)と静岡県三島市に鈍行日帰りの旅をしてきて、見聞してきた史跡、名所旧跡について紹介する。
皆さん、鎌倉の魅力は、なんだと思いますか?
移住者の私としては「縦の繋がりも横の繋がりも強く、地域で繋がりやすい」ことも、もちろん魅力です。(これは、完全に私見です)
しかし、私が幼稚園の頃から歴史の本を貪るように読んでいたという、かなり変わった、マニアックな子どもだったということと、決して無関係ではないと思いますが、鎌倉の魅力は、なんといっても「歴史の里」である、ということだと私は思っています。武家政権、700年のスタートとなった土地であるという意味において、鎌倉を抜きに日本の歴史は語れません。
私事になりますが、私の今の住まいの近くに「常楽寺」という寺院があり、そこは鎌倉幕府3代執権、北条泰時が義母の供養のために建立した寺院という由緒があり、北条泰時の墓があります。
北条泰時は、教科書などでの扱いはあまり大きくない執権ですが、実は、かの有名な「承久の乱」で、京の朝廷が「鎌倉幕府に味方する武士は朝敵だ!!」というパワーを持って大軍を結成し、関東に攻め込んできた時、総大将として朝廷軍を打ち破り、後鳥羽上皇らを隠岐の島への配流などの厳罰に処したことで「今後の日本社会の秩序に立つのは、武士である」という、その後600年余り続く明確な日本社会の「基本的な仕組み」を、高らかに、そして明確に打ち出し、そして武家社会の法律をも作った人物です。
さらには、この時、日本人の心の支えと言われる「朝廷=皇室」を、後鳥羽上皇らを処刑することで根絶やしにすることも出来たのに、賢明な泰時や側近たちはそれをしなかった、これは、その後の太平洋戦争敗戦などの国難の際、わが国が存続できたことや、幕末の動きにも、大きな意味を持ったと言われています。
この「常楽寺、そして北条泰時の墓の近くに住んでいる」ことへの感慨は、また今度文章にまとめるつもりですが、とにかく、私のように、鎌倉に住む前から歴史に興味を持っていて、そして縁あって鎌倉市に住んだ人は、多かれ少なかれ、人によって形態はちがっても、その様な感慨を持つ事象があるのではないか?と思っています。
このように、歴史好きには鎌倉は「一生かかっても見つくすことはできないのではないか」というくらい、魅力的なスポットに溢れていますが、鎌倉に縁ある、そしてそこから日本の動きにも歴史のあるスポットでもある場所は、関東一円や、近郊にも多数あります。
また私事ですが、私自身、首都圏での暮らしの中で疲れがたまっているな、と感じる時があります。
そんな時、私は、鈍行電車で、日帰りで伊豆地方へ行くことがあります。
(かつて静岡市に住んでいたので、本能的になのか、大磯や箱根を超えて、伊豆や静岡県東部に向かうことがあります)
先日、静岡県伊豆の国市韮山地区(旧・田方郡韮山町)と三島市へ向かい、史跡めぐりをしてきました。
住んでいる大船から熱海乗り換えで東海道線にて鈍行のJRで80分ほどかけて三島までいき、その後「伊豆箱根鉄道」で18分かけて韮山駅まで行きました。
韮山の町は本当にローカルで長閑そのもの、普段の大船駅前や鎌倉駅前、たまに行く横浜辺りの喧騒を忘れさせてくれます。
まず、鎌倉と直接関係ある史跡ではありませんが、北条早雲ゆかりの「韮山城」の城址へ行きました。
韮山駅から徒歩10ほどの小高い丘の上。
本当になにもない、けど私にはそれが良い・・という空気感で、癒されました。
しばらくベンチに腰掛けてゆっくりしていました。
ちなみに、北条早雲は終生、韮山城が本拠地。
小田原へ移ったのは2代目からです。
麓には伊豆の名門県立高校「韮山高校」があり、1995年夏の甲子園に出場した時の記念碑が建っていました。
韮山城址を後にしてからは、いよいよ頼朝・政子の出会いの地と伝承が残る「蛭ケ島公園」へ。
20年に渡る頼朝の配流生活。
後世に脚色された話も多くあるのでしょうが、他の御家人の娘とのロマンスもあったらしいし、生まれの良さから、「粗末にしてはいかん」という対象ではあったようですね。
後年の徳川家康も、実は今川義元に才を見込まれて軍師から英才教育を受けていたと言います。
歴史上、名を成した人が未成年時に表舞台に出られない立場にいたりすると、「周りからひどい目に遭わされていた、臥薪嘗胆あるのみだった」というイメージがついて回りがちですが、実は結構自由にいい思いもしていて、そしてその時期に君主となるための素地を築いていたり、ということは良くあります。歴史観や「歴史の常識」も、変わりつつありますね。
お昼は、公園内のお茶どころでカレーを頂きました。
この地には「源氏節」という民謡があるようです。
頼朝が「天下人」として君臨した鎌倉と、「源氏の無念を晴らすのだ、今に見ておれ平氏!」と思いながら暮らした伊豆では、同じゆかりの地でも、「とらえ方」が全然違うのだな、と感じられる歌詞になっています。
いろいろ省略しますが、この後三島市へ行き、「三島大社」へ初参拝しました。
3年前の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では、冒頭で「三島大社のお祭りで‥」というオープニングであったことを、今でも覚えています。
三島大社の創建時期ははっきりしないようですが、頼朝が韮山に配流されていた時期にはもう地域の象徴的な神社だったそうで、源氏や北条氏の歩みとも大きな繋がりを持っている寺院です。
神社内は本当にあらゆる面で格式の高さを感じました。(過去にはやはり火災などで何度か消失して再建もしているそうですが・・)
写真はないですが「宝物館」も、この格式ならではの、本物の甲冑や北条執権直筆の命令書などが展示されていて楽しめました。
参拝して、一通り見学した後は神社内のお茶所へ行き、静岡茶とわらび餅のセットを頂きました。
子どもの頃、静岡市に住んでいた時期は、いかに静岡茶が美味しいものであるか、「当たり前すぎて」ありがたみが分かっていなかったのですが、今となると本当に「美味しい」と感じます。
帰り際には三島駅近くの文学碑が並ぶ通りを初めて通りました。
この地域の文豪と言えば井上靖が有名ですが、井上靖だけでなく多くの文学者が三島を訪れた感想や短歌・松尾芭蕉がこの地を訪れた際の俳句もありました。
以上、史跡めぐりをしてきましたが、今住んでいる鎌倉の歴史にリンクしている史跡も多い伊豆の地で、鈍行日帰りでこんなに満喫できることは幸せな事だったと思います。
伊豆、特にこの三島周辺は鎌倉の歴史にリンクしていたり、他の歴史でも日本史上、重要な土地ですので、鎌倉ゆかりの方、興味ある方、歴史に興味ある方、ちょっとお出かけして、ノンビリした空気を吸いながらこの地方を歩いてはいかがでしょうか?
私は、今回行けなかった韮山の頑成就院や、源頼家悲劇の舞台・修善寺にもいつか行きたいと考えています。
最後に、夜、三島駅前で見えた満月の写真です!!

伊豆の三島近辺は温泉以外にも魅力がいっぱいです、ぜひ、行ってみませんか?気軽に日帰りできますよ!!
投稿者プロフィール

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40代男性。転勤族の子どもとして生まれたため生まれ故郷が無いことが今となっては各地と知ることが出来た強みでもあり、絶対的アイデンティティがないという弱みでもあります。
これから、この鎌倉にまつわることを中心に様々に発信していきます。趣味は読書とか、旅行とか様々にありますが、趣味というより生き甲斐はTHEYELLOWMONKEYの世界観に触れること、静岡育ちなので大相撲の静岡出身関取を応援すること、地域の人々と語らい、多くの刺激を得て、自分もパワーをもらうことです。
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